9月24日、南米ペルーより戻りました。13日の出発だったので現地滞在は10日ほど、それでも、訪れたかったクスコ県マラスの塩田の写真を撮る事ができました。




 温泉水が岩塩層の塩を溶かすため、それを田に引き込んで、塩をインカの時代から600年以上、作り続けてきた。マラスの250家族が塩を作っているが、ミネラルを豊富に含み、素晴らしい風味を持っている。塩をこんなに美味しいと感じたのは初めてだった。皇帝用の塩田もあったらしいが、それをスペイン人には渡したくないと埋めてしまったという話も聞いた。塩の味は1番がその皇帝用のもの、2番はチチカカ湖の塩、3番目がマラスの塩だという。

 わずか180人ほどのスペイン兵に万を越えるインカ軍が敗れた。スペイン軍は銃と馬を持っており、一方のインカ軍は槍や弓くらいしかなかったこと、しかも、戦いの前に、インカの人々はスペイン人が持ち込んだインフルエンザなどの感染症にやられ、まともな体力は残っていなかったという。スペイン人は金の装身具や仮面を溶かし、金の延べ棒にして本国に運んだ。かってペルー領だったポトシ銀山(現在、ボリビア領)では200万近くの先住民がコカの葉だけで過酷な労働を強いられ亡くなった。
それでも、田舎に行くと人々はインカの公用語だったケチュア語を話し、独自の民族衣装をはおり、市場に買い物にいく。布を織って商いをする。そこに、時を超えて、残っている文化や人の有り様を感じることができ、気持ちが解き放たれたような気持ちになった。


 植民地時代に栄えたアレキーパは白亜の建物の色から「白い町」と呼ばれ世界遺産にもなっている。そから車で三時間近く。廃墟になった村を通り過ぎると、サンバイの洞窟に着いた。リャマの壁画を見たかったのだ。それらは8000年前に描かれたものだという。ピューマがリャマの群れを狙っている絵を撮った。


人はどうして絵を描くのか、私はどうして写真を撮るのか・・。一瞬を捉えることで、「永遠」に近づきたいと願っているからだろうか。私の旅はこれからも続いていく。

2016年9月30日    長倉洋海