アフガン情勢に関するメッセージ
2022年4月19日


「今日のメッセージ 2022/4/19」

 昨日、私たちが支援を続けているアフガニスタン・パンシール州ポーランデ地区の「山の学校」の卒業生ワッハーブから、うれしいメールが届いた。
山の学校ではいつも成績が一番、先生たちや家族の「期待の星」だった。

〈小学生3年生のワッハーブ〉

 ただ、高校に入ってからはガクンと成績が落ちた。渓谷の下の町バザラックにある高校までの往復4時間がこたえたようで、「家に戻って家畜を山から連れ戻したりしたら疲れてしまい、なかなか勉強する時間がなくて」と話していた。それでも大学に合格し、3年までは勉強に取り組み、従姉妹との婚約もすませた。
しかし、翌年、タリバンが渓谷に侵入、地域は占領下に。父親は家と家畜を守るために地域に残り、家族はカブールへ避難した。そのカブールで、小児糖尿病だった妹バシラを亡くした。 
 山の学校はタリバンの宿舎となり、通っていたパンシール大学も火をかけられ燃やされた。大学は中断されたままだが、タリバンの教育省の判断で、大学生も小中高校生も「卒業」させることが決まったらしい。
『こんにちは。僕たちや僕たちの国に降りかかった問題のせいで、昨年の8月にメールに返信ができずすみませんでした。皆さんの支援のおかげで、僕は無事に学士号を取ることができました。』
と英文で書いてきた。英語は苦手だったはずだが、それなりに上達したようだ。でも、どんな気持ちでこの卒業を受け止めたのか。もっと勉強したかったと思っているに違いないけれど、同時に家族を支えるために、なんとか仕事を見つけなければという思いもあるだろう。


〈大学に通い始めたワッハーブ(2017年)〉

「ワッハーブ、卒業おめでとう。勉強することはこれからもできるから。今は家族にとってもアフガニスタンにとっても苦難の時、何をするのが一番ベストか、よく考えて進んで欲しい」と声をかけたい。

 「教師になりたい」とも話していたワッハーブ。きっと君にしかできない仕事があるはずだ。彼がその道に進むとき、私たちは応援したいと思う。

 *     *     *

 アフガニスタンでは日々の生計をどう立てるのか、どの人も悩み苦しんでいる。パキスタンに近い東部の都市ジャララバードの路上には「腎臓を売ります」とプラカードに書いた男性がいた、との投稿があった。

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厄除けの香を焚いて振りかけてあげることでお金を乞う少年は、テレビのインタビュアーに父親のことを聞かれ、「4年前に死んだ」と涙ぐんだ。その少年をインタビュアーがやさしく抱き寄せていた。(ツイッターより


そんな状況でも、「教育を受けたい」とプラカードを掲げる少女がいる。
教育は、子ども達の希望の光、翼なのだと思う。

〈写真はツイッターから〉

 人々の苦境に何の手も打とうとしないタリバン。その政権掌握を応援してきたパキスタンが、東部のクナール州やホスト州で空爆を行い、40人以上が亡くなったとNHK、時事、共同という日本のメディアが伝えている。(時事通信)(NHK)(共同通信

その被害者の多くが女性や子どもたちだ。ツイッターの投稿写真に写る姿が本当に傷ましい。

ウクライナだけではない。あちらでも、こちらでも、たくさんの民間人の命が奪われている。

〈写真はツイッターから〉

 南部カンダハール州のタリバンとパキスタン軍が国境確定を巡って衝突したこと、またパキスタンの過激派「パキスタン・タリバン運動(TTP)」がパキスタンへの大規模な攻勢を開始したことは前にもお伝えしたが、両者の関係は新しいフェーズに入ったようだ。
 パキスタン外務省は、TTPがアフガン領内から出撃し治安部隊に攻撃を加えていると非難。それが今回報じられた越境空爆の引き金になったようだ。かつてタリバンはパキスタンの支援を受け、パキスタン領内からアフガン側に入ってはアフガン政府軍や米軍に攻撃を加え、またパキスタン領に逃げ込むという攻撃を続けてきたが、今度は、アフガン側からタリバンの兄弟組織、共にマドラサ(イスラム神学校)を母体に持つTTPが、同じ方法でパキスタンを攻撃をしている。一方で、パキスタンはアフガニスタンのパンシール州に特殊部隊を送りこみ、タリバンと一緒になって抵抗戦線を潰そうと躍起になっている。
どちらも「アフガン人の命など構わない」というパキスタンの姿勢が露骨に見える。

 国境を無視し、たくさんの民間人を殺しているのは、ロシアがウクライナで国際法や国連の決議を無視してやっていることと同じだ。他にも、イスラエルはパレスチナ自治区やシリア領内を爆撃しているし、平和交渉に名乗りを上げたトルコは、クルド民族独立を抑え込むためにクルド人地域への空爆を繰り返している。そして、これらはほんの一例にすぎない。自国第一、経済第一の欧米の姿勢が、世界を「平和」から「混沌の淵」に突き落とす連鎖に導いたのかもしれない。

 こんな世界にあって、私に何ができるのかと自問することも少なくない。時には世界の先行きに悲観的になることもあるが、私が出会った子どもたちから元気な便りが届くと、大きな力をもらうことができる。未来を感じることができる。
エルサルバドルで出会った難民キャンプのへスースは、あの笑顔で娘たちと小さな食堂を切り盛りしている。コソボで出会ったザビット一家の長女セブダイエからは、つい2週間前にメールが届いた。


〈内戦下のエルサルバドルで出会った少女へスース。いつも笑顔を失わなかった(2001年撮影)〉


〈建設途中の家の窓から飛び降りるセブダイエ(2003年撮影)〉

〈大学生になったセブダイエ(2014年)〉

 私が出会った人々、子どもたち、彼らとつながることで私の世界は広がり、確たるものとなっていく。
世界から希望の光は消えていないと、信じることができる。
私は、希望の光を伝え続けたいと思っている。

 
2022年4月19日 長倉洋海





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