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MESSAGE

長倉洋海よりアフガニスタン情勢に関するメッセージ 23.08.03

 映画『鉛筆と銃ー長倉洋海の眸(め)』が完成しました。当初の予定よりはずいぶんと時間がかかってしまいましたが、9月12日から東京都写真美術館での公開が決まり、これから順次、地方都市でも公開される予定です。

 映画は、抵抗運動の指導者マスードとの出会い、そして2001年の彼との別れ。そこから始まった「山の学校」への支援活動。40年の流れを、前半はアフガニスタンの現代史を駆け抜けたマスードを中心に、後半はマスードの夢見た未来を子どもたちの姿を中心に描いた、フォト・ドキュメンタリー映画となっています。

 マスードは、戦いの渦中にありながらも、いつも平和を願い続けていました。彼が亡くなって23年が経ちますが、彼が夢見た平和はまだ達成されていません。各地で暴力が頻発し治安が悪化、経済状態も最悪で人々は三度の食事にも窮しています。

 前回のメッセージでお知らせしたタリバンによる美容院閉店命令。それに反発した女性たちがカブールの下町で抗議デモを起こしました。

 タリバンが、アフガニスタンの人口の20%を占めるハザラ人が信奉するシーア派(世界のイスラムではスンニ派が80%で主流だが、隣国イランがシーア派を信奉している)の宗教行事を制限、そのため女性たちが制止を振り切って街頭で抗議する事態となりました。

南部のガズニ州でも、シーア派の宗教行事に加わったハザラの人々にタリバンが銃撃を開始。3名が死亡、10名が負傷したと、現場の生々しい映像とともに投稿されています。

音楽家への弾圧も続いています。「アフガニスタン自由ラジオ」はカブールの音楽家アジズの思いを紹介しながら、音楽や芸術が窒息させられんとしている現状を嘆いています。この自由ラジオを記事を転載投稿した人は「コーランには音楽を禁じる言句はないのに」と悲しんでいます。しかし、音楽を禁じているタリバンが自分たちの踊る映像をSNSで流しているのはどういうことなのか、理解に苦しみます。あくまで自分たちは例外ということなのでしょうか。

 

 タリバンのそうした行為を欧米各国は非難していますが、ウクライナの状況に目を奪われているせいか、直ちに止めさせる措置はとっていません。ロシアがウクライナに侵攻した背景には、ロシアが武力でウクライナ領クリミアを併合した際、欧米が強硬に反対しなかったからということもあります。アフガニスタン問題でも、過激派がまだ脅威ではないと思っていると、活動を強めている世界の過激派グループがいつか欧米に牙を剥いて襲いかかる可能性は高く、マスードは生前からそのことを警告してきました。

 こうした反応の鈍さの背景には「まだ自分たちのところは大丈夫だろう」と他人事のような潜在意識があるからではないでしょうか。現代世界は、「自分(たち)さえ良ければいい」という風潮が溢れています。それは環境問題や地球温暖化問題にも現れています。国連のグテーレス事務総長が「温暖化の時代はすでに終わっていて、いまは『地球沸騰化』の時代だ」と激しい警鐘を鳴らしていますが、地球温暖化の問題は約40年前から言われ続けており、それに真剣に対応せず、先送りしてきたツケが一気に回ってきたとしか思えません。

 世界各地の異常気象の映像は、私たちにも届いています。インドからは水没した町の様子と窓が隠れるほど水に浸かった100台以上の車の映像。大雨で流されてきた廃棄物が川の流れを堰き止め、近隣への洪水となっている映像もありました。ギリシャとアルジェリアからは炎暑と山火事の映像。米国アリゾナでは20日以上も続く43度の暑さの様子が国際ニュースで流されています。

 身近なところでは、「ビックモーターが街路樹を除草剤で枯らした」という問題が報じられていますが、それも「自分たちが良ければいい」という現代的発想が見え隠れする出来事ではないでしょうか。

 「自分の愚かさと闘え」と説いたイスラムの神アッラー。森と精霊とともに生きるアマゾンなどの先住民。そして極北の地でトナカイと生きるネネツ遊牧民。そうした人々の知恵や教えに耳を貸さなかった現代社会が、いま、崩壊の危機に立っています。尋常ではない地球規模の自然災害に、未来への暗い予感を感じ取るのは私だけではないでしょう。

 

 話は完成したばかりの映画『鉛筆と銃』に戻ります。私が出会った「山の学校の子どもたち」は、医師、看護師、技師、教師などになって、いつか故郷に戻り、村や地域の人たちの役に立ちたいと話していました。世界の多くの地域の人々が富と便利さのために故郷を離れ、次第に消費社会に組み込まれていく現代社会においては稀有なことのように思います。自分たちの存在を超えるものに畏敬の念を持ち、自分たちを育んでくれた故郷を愛し、多くの異なる人々とともに平和に生きる。それは、生きる上で一番大切なことだと思います。山の学校の子どもたちは、そのことを肌身で知っていました。ぜひ、映画の中で、そのような子どもたちに出会っていただきたいと願っています。

2023年8月2日 長倉洋海

 

 下の映像は、ヌーリスタン(アフガニスタン東部)の草原で子どもたちが踊る映像です。この地はソ連の支援を受けた社会主義政権への組織的抵抗が最初に起きた場所で、パキスタンから故郷に戻る途中、マスードはここでイスラム自治を学んだと聞きました。

きっと当時のマスードもヌーリスタンの人々の歌と踊りを、この子たちと同じように楽しんだに違いありません。


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